WPTカンボジア(1)

NAGA WORLD

初めての海外ポーカー遠征は、2014年のマカオだったから、ついに10年の月日が経過した。

もちろん腕はずーっと凡庸なままの京都の小市民である。レクリェーションプレーヤーとはいえ、延々にずっと同じ所で、ぐるぐる回っている自分自身の有り様に、狂気を感じるお年頃。

何か新しい風を吹き込みたいと思い、訪れたことがない新天地を目指すことにした。そう、カンボジアだ。

カンボジアと言われて何が思い浮かぶ?

そう、僕も読者諸君の皆々様と同じで、直木作家である小川哲の『ゲームの王国』の上巻の舞台だ。ドラマ「ナルコス」でも使用されたマジックリアリズムの手法を用いた、すこぶる面白い作品だったよね。(特に上巻)

そんな国家単位の聖地巡礼の意味合いも含め、遠路はるばるポーカー遠征。直行便がないため、まずはクアラルンプール(マレーシア)に飛び、そこからプノンペンに行く。トランジットの時間を含めて、約11時間の長旅だ。(費用は6万円)

朝の6時半に起き、カンボジアに着いたのは夜の10時半である。案の定、飛行機が遅れ、乗り継ぎの遅れ、16時間もかかった・・・。

空港から一歩足を踏み出した瞬間って案外好きである。ぼったくりタクシーの呼び込み、家族を迎え入れている乗用車、無表情で近くに座っている謎のおっさん達。異国の空気と匂いがワワっとくる感じ。

温度は思ったよりも熱くなく、というより涼しめ。いいよ。凄くいいよ!住みたい!

テンションアゲアゲのまま、すぐ近くにあるSIMカード屋でSIMを購入。金額は8ドルで15日間で50ギガ。事前に調べてきた配車アプリのパスアップを起動するも、設定が面倒になって結局ふだん使い慣れているGrabを使ってしまう。

ホテルはカジノから歩いて10分くらいのSnow Bell Hotelに宿泊。一泊7,000円くらいの綺麗なホテル。部屋はわりと広めだし、お湯もちゃんと出るし、水圧は水が謎に細くて痛いくらい。

近所は完全な中華街。お腹が空いていたので、近くの屋台的なところで晩御飯を頂くのだが「このビールください(英語)」「メイヨー(ないよ)」「じゃあ、こっちで(英語)」「イーガー?(一つか?)」って感じで、1ミリも英語を使う気がない。仕方なく「マイタン(お会計)」と相手に合わせる。なんかマカオにでもいる気分だ。

ビーフン的なものが好きで、よくこれをどこでも食べている。晩御飯は外の屋台で6ドルくらい。

この日は疲れ切っていたので、カジノにも向かわず、そのまま就寝。

次の日。

今回の旅の目的を書くのを忘れていた。

WPT(ワールドポーカーツアー)という世界でも歴史のある有名な大会である。今回はアジアで最初の三大ツアーの公式タイトルのものらしい。(プライムとかWPTの冠でいろいろ亜種をやっている)

メインイベントの参加費が3,500ドル(約52万)は、お小遣い3万円の僕には到底無理な話であり、あわよくばサテライトが通ったら出ようかなって思っている。あわよくば!

さて、いっちょやってやりますか!腕まくりをして今回の会場である、Naga World Hotelへテクテクと歩いていく。気温は30度前後あるらしいのだが、乾季だからか湿気がなくて、風が涼しい。春の終わりの暑くなりかけのような気候だ。

ホテルの入り口を抜け、エスカレーターを上がり、WPTの会場へ。

試合開始の1時間前に来たからか、まだトーナメントプレーヤーはいない。キャッシュの卓が1台稼働しているだけだ。これから、昼ごはんを食べ、両替をするつもり。とりあえず、会場を見に来ただけである。

海外ポーカーに来たなぁ。だいぶ慣れているはずなのだが、毎回この会場入りする時の高揚感は何物にも代えがたい気分である。人生ではカジノと空港が感情の振れ幅が大きくなる場所だと過去に偉人も言っていそうな気もする。

賞金を取ったら何に使おうかな~と陽気な妄想に取りつかれながら、口笛を吹きつつスキップしていたのだが、カジノの両替所を前にして、膝から崩れ落ちる。

1ドル=164.67円

え、今、為替って148円くらいよね。「レートが悪い」の一言で終わらすには、あまりにもひどい。念のため、空港のレートを写真で撮っていたのだが、空港は163円だった。空港の方がいいとか・・・。僕が何したって言うんだ!!

WPTはわりと高めのバイインなので、けっこうな金額が両替手数料で消えてなくなる。というか、予算かつかつで来たので、下手すると出れない試合も出てくるゾ!

暴利!あまりにも暴利ッ!とカイジのキャラクターのように涙をボロボロ流しながら、20万円ほど両替を行う。手元には約1,200ドル。ああ無常。

一つ嫌なことあったら全部のことが嫌いになるメンヘラ女子のように、坊主憎けりゃ原付まで憎いと云うように、カジノから逃げ出す。現地人しかいない屋台群が群がっているところで、プラスチックの子供用みたいな椅子に座り、2ドルのご飯を食べ、心を落ち着かせた。

グズグズと泣きべそをかきながらカジノに戻り、最初のトーナメントに参加。スーパースタック フリーズアウトトナメ。230ドルで4万点持ちの25分トナメ。全体の試合の中で割安でスタックもある庶民に優しいトーナメントだ。

トーナメントの参加者は白人が多い。基本的に海外トナメは現地の人が多いはずなのだが、テーブルの7割が白人みたいなテーブルが多い。予想通り日本人は圧倒的に少ない。まあ、遠いよね、カンボジアは。

世界のヨコサワ氏がフューチャーテーブルで動画撮影をしている。参加費1万ドルのハイローラーに出ているようだ。

さて、ワイも自分のトーナメントに集中や。海外での戦い方を思い出さねば。

タイト気味にポッドを下手に大きくせず、ちまちまと稼ぎ、KKなどのプレミアムハンドでがっつり行くという分散低めのABCポーカーで真面目にレベルを進めていく。

レジストが打ち切られ、149人が参加し、19位から賞金獲得になった。

レベル13(1500/3000)残り58人。なかなか、初日にしては調子よく走っている。ちゃんと集中しているおかげで、なんとなく感覚も取り戻した気がする。

そんな時である、ブブっと震えた携帯を見ると「何度言ったら伝わるんですか!どういうつもりなんですか!!」とクライアントの怒りが声がLINEグループに流れてくる。どうやら僕の把握していないところで会社の部下が何かやらかしたみたいである・・・。

「のびのび自由に仕事を進めなさい。責任取るのと謝るのが上司の仕事だからさ!(キリ)」と普段、会社で偉そうに言っているのだが「えぇ、今なのかぁぁ~~ッい!???」と思わずマスオさんのような声をあげながら椅子から転げ落ちそうになる。

海外にいるけど、けっして休みではなく在宅勤務中なのである。もはやノマドというのは、逃げ場のない職場の代名詞なのかもしれない(キリ)。

レベル14(2000/4000)残り40人程度。僕も20bbを切り、どこかで勝負しなきゃいけない時間がきた。飛んだら仕事するかー、アーリーからレイズが入ったところにTTでオールイン。すると、BBとアーリーもオールイン。3ウェイになる。すると、相手はAKとAQであり、TTが見事に潜り抜け、幸運にもトリプルアップしてしまう。

携帯を手に取り、LINEの画面を10秒見つめ「ごめん、なんとかしてくれ」と送信。

レベル15(2500/5000) 残り30人程度。19人からインマネで、オールインが効果的なスチールを生む状況で、皆が警戒心MAXだけど、隙あればスチールを行っている。

そしてワイのオールインAKは見事に滑る。いつだって大事な時にAKは仕事をしない。僕も仕事をしていない。

嗚呼。ショートスタックになってしまった。じりじりとチップが減り、最後はA7がK9に負けてしまう。負けだすと、一気に運が逃げていく気がする。29位くらいで終了。

初戦はわりと粘れた。この調子で、メインのサテライトも進んで無事に通過できればいいな、と思っていたら、サテライトはトップヒットの際に、二回連続でセットを引かれて負けた。チップが少ないから2回喰らうとで死ねる。

サテライトでも560ドル(9.1万円:164円換算)もするんですけど・・・。と頭をかきむしっていたら、ブブって携帯が震える。画面を開くと会社のグループチャットに自分宛てのメンションが来ている。先ほどの部下からだ。

「先ほどのクライアント様、予算半分になりました。以上」

ちょwwwおまwwwwえ!?wwwww太古の昔に流行っていた怪文と大草原が脳内画面の左から右に流れてくる(ニコニコ風の弾幕で)。

その後、ワタクシ、東西新聞社の富井副部長(『おいしんぼ』)のように叫びだす老害おじさんに闇落ちしたのは語るまでもないであろう。

こうして、僕のWPTの幕が上がったのである。